メモリードグループ
新型コロナウイルス感染症における対策を行っております
- 支配人のインタビュー
- 利用者のインタビュー
東京メモリードホールの支配人インタビュー
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- ホテルにも負けないおもてなしで記憶に残るセレモニーを
- 東京メモリードホール 館長 山田ゆうさん
その方にふさわしい葬儀ができるよう心を砕く
- 形式にとらわれない葬儀が増える傾向に
- 儀式として宗教、宗派にのっとって行われるのが多いですが、最近では無宗教でとか、全く形式にとらわれないご葬儀を希望される方が増えています。約1時間の式のプログラムをどうするか、ひとつひとつ話し合って決めていくのですが、何も決まりが無いというのは予想以上に準備が大変なんです。 例えば、生前好きだった音楽や映像を流すとか、好きだった食べ物を一緒に食べるとか、何かテーマのある方はそれに添って作成しますが、どうしてもアイデアが浮かばない場合は「こういうのはいかがでしょう?」とご提案もさせていただきます。
- 故人のノートをたよりにひまわりの祭壇を
- 夏ではない時期に祭壇には「ひまわりを」と言われ、担当者はあちこち探して何とか手配し、ひまわりだけを使った祭壇をつくりました。ご本人様がノートに書き記していたのをご遺族が見つけてのことだったのですが何故ひまわりなのかは分かっていませんでした。ところがご葬儀の当日、旧友の方がよく一緒に歌ったという校歌を歌われたときのことです。歌詞に「太陽に向って咲くひまわり」というのがあってそれを聞いて皆はっとしました。心の中に咲いていた花だったのかと。
- 葬儀は誰でも不慣れ。だからこそせいいっぱいのサポートを
- 亡くなってからの数日間でやらなくてはいけないことがたくさんあるので本当に大変だと思いますが、ある方から「故人のためにああしてあげたい。こうしてあげたい。と一生懸命考えて、お陰様でその通りに送ってあげることができました。それだけが今、私の心の支えになっています。ありがとうございました」という手紙をいただいたこともあります。私たちは、さまざまなリクエストにお応えして式場を用意することはもちろん、どなたも不慣れなことですから、式の進行などで困ることがないようにサポートしながら、亡くなった方のその人らしさを短い時間の中でどう伝えていくか。ということに心を砕くことがいちばん大きな役割だと思っています。
葬儀は文化。地域によっては慣習が残っている一方新しい形も
- 土地土地の慣習へも対応します
- ご自分の宗派をご存知ですか?お墓はどうなっていますか? 突然のことが多いですから意外と皆さんご存知ないんですよね。慌てないためにも一度確認されておくといいかと思います。 地域によっては変わった慣習もありますが、教えていただきながらそれに合わせて、どんなものにも対応いたします。地方ではまだ自宅でご葬儀をされたり、いろいろな慣習が残っていたりするんでしょうけど、きっと東京でも昔は田んぼのあぜ道などを葬列を組んで歩いたりしていたんでしょうね。東京の中でもその土地土地でいろいろな慣習があって、やはり無視はできないですし、勉強にもなります。ただ、「昔からの慣習を守らなければならないのでしょうか?」と聞かれた場合は、一応ご説明をした上で、考えや気持ちもありますので、「お好きなようにされたらいいと思いますよ」とアドバイスします。「こうしなければいけない」とはあまり言わない時代になってきていると感じます。
- 故人が好きだったアルコールを式にだすことも
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私たちはご葬儀という空間を作ることはできますが、直接悲しみを癒すということはできませんので、やはり周りの方が声をかけてさしあげるのがいちばんではないでしょうか。そのときは笑顔でもいいと思います。しんみりしたのが亡くなられたご本人に似合わないということであれば、明るく儀式ばらずに。「どうぞ棺の横で皆さん一緒に飲んでください」とアルコールを式場に持ち込むなんてこともあります。私どもでは、現場で5年以上勤務している者は一級葬祭ディレクターの資格を取得しています。葬儀一切を取り仕切るエキスパートとしての資格です。
ご遺族、ご親族はもちろんですが、遠方から来られる参列の方々もホテル並みのサービスをご提供する、おもてなしの心を大事に考えています。

「女性の柔らかさや心配りは、お客様の安心感を高めます。」そんな理由から、 グループ内でも女性のスタッフはとても多いと語る東京メモリードホールの前山支配人。
いつでも全力で。それでも100点満点はないと思い
- お客様の「ありがとう」に恥じないサービスを
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私は、人の役に立つ仕事をしたいと転職してこの仕事に就いたのですが、どういう意味合いの仕事なのか、考えれば考えるほど分からなくなります。「死」を迎えられるシチュエーションは人さまざまで、中にはその前に長い闘病生活があったり、人には言えない思いがあったりして疲れ果てて葬儀を迎えられる。でも、本当の悲しみや苦しみとの戦いはご葬儀の後から始まるんだと思うんですよね。私たちは2日間を無事に終えて「ありがとう」って言っていただいてそれで終わりなんですが“ほんの一面しかお手伝いできていないな”って感じます。
葬祭業の方はみなさん感じておられると思いますが、たった2日間で決して少なくないお金を使うんです。しかも何かを買う訳じゃありませんから、ほとんど形には残りません。サービスを買っていただいてその上「ありがとう」って言っていただける仕事ってそうはありませんよね。
- 『形には残らなくても記憶には残る』葬儀を心がけて
- 『形には残らなくても記憶には残る』。だからこそ、できるだけ悔いのないようにと思ってがんばっています。いつも全力なんですが、いつも100点満点だと思ったことはありません。ご葬儀が終わって帰られるときの姿、最後にホッとしたような表情を見たとき『ここまで疲れないようにしてあげられたのではないか』とか、悲しそうな素振りを見せなかった方が最後のご挨拶のときに初めてわっと泣き出したときに『この気持ちを本当に察してあげられていただろうか』とつくづく思うんですね。失敗ということではないのですが、『もっと何かできることがあったのではないだろうか』と思うことがある反面、いくら気をつかっても『葬儀社ができることには限界があるのかな』といつも自問自答しています。100点満点だと思ってしまったらおしまいなのかもしれませんね。