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出棺時のクラクション。由来はあるのでしょうか?

2019年06月24日

葬儀を終えて、遺体を載せた霊柩車が出発するときに鳴らされるクラクション。今では葬儀場・斎場が住宅地の中にあるところも多く、鳴らさないところや、鳴らしても密やかに済ませるところが多いので、耳にしたことがある人は少ないと思います。一番耳にするのはテレビの報道で、芸能人など著名人の葬儀を紹介するときですね。このクラクションにはどんな意味があるのか調べてみました。

そもそも始まりは?

 霊柩車が日本で初めて登場したのは、20世紀前半です。昔は大八車に遺体を載せて運んでいたのでクラクションは存在していません。霊柩車の登場は1917年に大阪の「駕友」という葬儀屋を経営する鈴木勇太郎さんが考え出したものが初めてとされています。しかしそれ以前にもトラックの荷台に載せていた時代もあったそうなので、「これこそルーツ」という事象は見つかりそうもありませんが、概ね20世紀に入ってからで間違いないと思います。

葬儀の慣習は3つに分類できる

 葬儀において慣習といわれるものは、①昔からの伝統・文化をそのままの形で受け継いでいるもの、②伝統・文化の形を変えて今に残るもの、③近代になってもっともらしい慣習になったもの、この3つが存在すると筆者は考えています。以前記事にした「お葬式に多い白い菊」などはまさに創り出された慣習の1つですね。クラクションは、昔は存在しなかったのですから、②か③のいずれかになります。どちらでしょうか。

実に多くの諸説が

 調べてみると、クラクションを鳴らすことになった由来が次のように実に諸説あります。

① 皇室の葬儀に倣った

 皇室の葬儀には「葬場殿の儀(そうじょうでんのぎ)」という、一般の葬儀・告別式にあたる儀式があります。ここでは、『大御葬歌(おおみはふりのうた)が奏でられる中、奠饌幣(てんせんぺい、供物を供える)、御誄(おんるい)、皇族らの拝礼、再び大御葬歌が演奏されて奠饌幣(てっせんぺい、供物を撤去する)』という流れがあり、この演奏に倣ったというもの。

②茶碗を割る代わり

 出棺の際に故人が使っていた茶碗を割る儀式を行う地域があります。茶碗を割るのは、「もうこの世に戻らないように」と願をかける意味合いがありますが、この茶碗を割る音の代わりだというもの。

③一番鶏の鳴き声の代わり

 昔の葬儀は夜明け一番に出棺することが多かったために、出棺時に一番鶏が鳴くことが多く、その鳴き声の代わりというもの。

④汽笛や空砲の代わり

 これは日本だけでない船乗りの慣習ですが、船の航行中に亡くなった人は、遺体の長期保存ができないときには海に流す海葬とします。この海葬のときに、汽笛や空砲を鳴らすので、その名残だというもの。

⑤野辺送りの際の楽器の代わり

 昔は遺体を墓地まで運ぶときには、先頭のお坊さんがお経をあげる中で鐘や太鼓を鳴らしながら葬列を組んで故人を墓所まで見送りました。その名残だというもの。

実は意味はないんです

 こうして並べてみると、なんだか皆後付のように思えます。経験則的に多くの諸説があるものは、だいたい後付なんですね。例えば、①は戦前に人神の一族だった皇室を真似るという行為は不敬と判断されたと思います。そもそも今でこそ皇室の儀式の内容を庶民が知ることができますが、当時は窺い知ることはできなかったと思います。また②は茶碗を割るという慣習は主に西日本です。それが日本全国で出棺時にクラクションを鳴らすことになった由来だというのは、あまりに無理があります。

 おそらく、筆者の想像です、霊柩車が何かのときに誤って出棺時にクラクションを鳴らしたのでしょう。それが出棺時の演出として効果的だったと捉えた葬儀社の人がいた。そこでそれ以来出棺時にクラクションを鳴らすようになり、その行為が全国の葬儀社に広まっていった。

 今でもクラクションではなく銅鑼を鳴らす地域もあるそうです。本来葬儀の慣習は地域によって大きく異なるもの。このように全国に共通する慣習として成立しているものは、白い菊のように後から創られたものと考えておけば間違いないような気がします。

 

 クラクションを鳴らすこと自体に意味はありませんが、故人を見送るときの演出の1つとしては定着しています。葬儀における礼の1つとして、クラクションが鳴る場面に出会ったら、合掌しながら礼をすることが望ましいのは、由来云々とはまた別のお話ですので言うまでもないことですね。